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株式会社 テン・スターズ・ダイニング 代表取締役 吉田 雅巳さん

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地元、兵庫での若かりし頃…… 自分の甘さを思い知って、上京

 商売=笑売を会社のモットーに掲げるほど、楽しいことやおもしろいことを愛する吉田氏は、尼崎市出身の生粋の関西人である。そんな彼が東京レストランのヒットメーカーとして注目を集める企業の社長にまでのぼりつめた軌跡には、笑いと前向きな姿勢が常にあった。
「小さい頃からなぜか台所で母親の手伝いをするのが好きで、よく父親から『男が台所に入るもんじゃない』と怒られていましたね(笑)」
 こんな話を聞くと、〝食”への興味が幼少期から深かったのかと思ってしまうが、高校に進学すると吉田氏の将来の夢は“食”とはかけはなれていく。
「高校のときは、数学の教師を目指していたんです。でも、和菓子屋を経営する商売人の父親から『儲からへんから、やめとき』と言われて(笑)。そのせいというわけではないんですが、第一志望の大学も落ちてしまったし、頭のどこかでは商売に興味があったけど、とりあえずはサラリーマンになろうと思って、大学卒業後は印刷会社に就職したんです」
 しかし、印刷会社での細かい作業は吉田氏の性格に向いてはいなかった。そして次第に商売をやりたいという気持ちも大きくなっていったという。
「仕事は合わなかったけど、石の上にも三年……という言葉もありますし、丸3年働いてから辞めました。そのあとに商売の道を考えたときにやっぱり“飲食”かな、と。両親が和菓子屋をやっていた姿をずっと見てきたからかもしれませんね。でも私の場合、飲食と言えば、お好み焼きしか浮かんできませんでしたけど(笑)」
 こうして、地元のお好み焼き屋さんで1年間アルバイトを経験したのち、父親から資金を借りて地元にお好み焼き屋さんをオープンさせた吉田氏だったが、そのお店はわずか半年で潰れることとなった。
「お店をだす覚悟も足りてないし、気持ちが甘かった。だから知り合いのいない東京に行くことにしたんです」

努力が実を結び、原宿で成功…… そして最大のピンチと人生の転機

(株) テン・スターズ・ダイニング
代表取締役
吉田 雅巳
Masami Yoshida
1953年、兵庫県生まれ。和菓子屋を営む両親のもとに育ち、大学卒業後は印刷会社で3年間勤務。その後、地元で商売をするが失敗。一念発起して上京し、27才で原宿に鉄板焼き屋を開店。1991年、株式会社 テン・スターズ・ダイニングを設立。現在、鉄板焼き店と焼肉店を11店舗、分社の株式会社 シーエージェントで、寿司店を5店舗運営する。

 地元での教訓をむねに上京した吉田氏は、もう一度だけという約束で父親から資金を借りて原宿に今の原点となるお好み焼き屋をかまえる。
「親父は『商売するなら金は貸してやる』と言ってくれていたので、そこはありがたく甘えさせてもらいました。ただ、店をやるという覚悟は以前とはまったく別で、仕事優先で昼から朝まで営業しました。それでも最初の1年は全然お客さんが来ませんでしたね。だから、掃除ばかりしていたんです。いつお客さんがきてもいいように……と気持ちを込めて。そうしたら、そんな私の姿を見た人たちがちょっとずつお店に来てくれるようになったんです。いつも誰かがきちんと見ていてくれていて、それが助けになるということを実感しました。この気持ちは今でも仕事のベースになっています」
 それから順調に客足は増え続け、父親からの借金は5年で返済。さらに吉田氏は、2店舗目を同じ原宿にオープンする。すでに上京して10年ほどの月日が経ち、東京の特徴をある程度分かってきた彼は、最初の店舗と雰囲気をガラリと変えることを決意。これこそが現在の基盤につながっていく。
「簡単に言うと、デート目的のお店に変えたんです。1店舗目は、庶民的な居酒屋のようなお店でしたが、2店舗目は“2人で1万円”という価格設定にして、デートで使えるおしゃれな鉄板焼き店を目指しました。フランス料理で1万円は普通だけど、こういったお店で1万円だと女の子が喜ぶと思って(笑)。その狙いが当たりました」
 バブル期の恩恵もありつつ、売り上げもうなぎのぼりだったが、この直後に最大のピンチが訪れる。
「調子にのって3店舗目をだしたら、直後にバブルがはじけて、全店舗の売り上げが激減。さすがにこれはヤバいなぁと思いましたよ(笑)」
 そんなときに吉田氏を救ったのは、走ることだった。走って汗をかくことで気持ちが前向きになり、やるしかないという気持ちを奮い立たせた。
「走ってトレーニングして、お店をまわす……それの繰り返し。だから気持ちが後ろ向きになることはなかったです(笑)。当時はネットもなかったし、頼れるのは口コミだけだから、がむしゃらにやるしかなかったんです」
 こうしてピンチを切り抜けたあと、吉田氏に転機が訪れる。それは約10年前のこと……東京の新丸ビルへの出店であった。

社員が楽しく、幸せでいるために自分ができることは全部、やる

 「それまでは路面店だけで、大きなビルにだすのははじめてのことでした。でも、これがきっかけで、デベロッパーさんとのつながりが深くなり、いろいろなビルに出店するきっかけにもなったんです。家賃は高いけど知名度が上がり、売り上げが見込めることが利益になり、今につながっています」
 波乱万丈ではありながら、楽しむことを武器にピンチを乗りこえてきた吉田氏自身のモットーとリーダーに必要なことを聞いてみると……。
「モットーはどんなときも楽しく、おもしろくあること。仕事が大変でも楽しいと人は乗り切れるものなんです。たいていのことは笑って済ませられるんちゃうかな? ぐらいの考えがちょうどいいと思いますね(笑)。ちなみに今、いちばんおもしろいのは、頭の中で考えたことがきちんと実現できて、儲かること(笑)。そして、リーダーに必要なことは、まず健康! それと人に嘘をつかないこと。よく男の従業員には『嫁はん以外には嘘ついたらあかん』って言ってます(笑)。あとはやはり社員の幸せを考えること。そのために、労働時間を短くして、儲けさせる仕組みを考える……それがリーダーの役目だと私は思います。だからうちの会社の労働時間は、最長8時間を徹底しています」
 社員に楽しく働いてもらうことを重視する吉田氏は、現在も数ある店舗をマメにまわっては、アルバイトをふくむ従業員全員に声をかけたり、顔を見せたりするようにしている。
「働いている人間の顔と名前は把握しておきたいし、少しでも社長という存在を身近に感じてもらえたらと思ってます。そのほうが話しやすいでしょ?嘘はつかない主義なので、いろいろ聞いてもらってかまわないんです」
 現在は、鉄板焼き以外にも、寿司、焼肉……と“食”のジャンルをひろげてきた吉田氏の今後の夢とは?
「今は年商が約30億なんですが、私が社長の間に100億まではもっていきたいですね。分社もいくつか増やして、規模を大きくしていきたい。個人的な夢は、生涯仕事人間であること。これはまわりの社員からしたら迷惑な話かもやけどね(笑)」
 と、大きな声で笑いながら、もっと聞き続けていたい話をしめくくった。


GABURIBEEF 天 GINZA(取材店舗)
株式会社 テン・スターズ・ダイニング ─ 店舗情報 ─
GABURIBEEF 天 GINZA
東京都中央区銀座2-5-19
PUZZLE銀座 8F
電話/03-6264-4129

鉄板焼 天 本丸
東京都千代田区丸の内1-5-1
新丸の内ビルディング5F
電話/03-3211-6633

鉄板焼 天 銀座6丁目店
東京都中央区銀座6-14-5
ホーライビルB1F
電話/03-3248-6669

鉄板焼 摩天楼
東京都墨田区押上1-1-2
東京スカイツリータウン・ソラマチ®31F
電話/03-5809-7235

鉄板焼 黒田屋
東京都港区六本木7-14-18
セブン&セブンビルB1F
電話/03-3796-9680

麻布十番 楼漫亭
東京都港区麻布十番1-5-13
ニュー高雄ハイツ2F
電話/03-3796-1012

焼肉 綾小路
東京都港区六本木7-4-8 TKGビル1F
電話/03-3402-1129

現在11店舗展開中
http://www.tenstarsdining.co.jp/

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