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厨房に立つ経営者

2012年4月掲載

土下座して入った老舗の名店。下足番からキャリアを積んだ。

 湘南・藤沢の近代的な高層マンションの1Fに、京都の路地を思わすアプローチがある。新しい建築の中の、伝統的な建築様式。その意外性のあるマッチングが不思議と期待感を高める。
 御影石をあしらった細長い廊下を通り抜けると、贅沢に配置されたテーブル席が現れる。奥のカウンター席正面には、枯山水をイメージした壁面がデザインされ、席に座るころには、もうここが湘南・藤沢であることを忘れかけている。
 本物が織り成す空間をプロデュースしたのは、もちろん店主の飯嶋氏である。
「まず建築があって、造園があり、室内装飾を施し、器を選び、最後に料理をする。それが料理人だと考えています」
 本物を学ぼうと、明治元年創業の高名な日本料理店の東京支店で面接を受けるが断られる。そこで滋賀県の本店まで出かけ、土下座して店に入れてもらうことに。
「そのとき言われたのが『うちは料理しかできない料理人なんてひとりも必要としていない』のひとことだったんです。はじめは、その意味するところさえ分かりませんでした」
 なんとか入店できた飯嶋氏は、長い期間、下足番の仕事をした。
 お客様すべての靴を覚え、会席中には玄関先の水打ちを行い、冬の寒い時期には帰る時間まで靴をあたためた。
「おもてなしの心を学ばせていただきました。器ひとつをとっても、大変高価なものですから、ガーゼで磨き洗いをするんです。包丁を持ったまま、店のご主人にあいさつするなんて許されません。礼をする角度は100度でした。もちろん心を込めて、です」
 さらに、日本文化の総合演出についても吸収していった。茶の間が意味するもの、掛け軸と一輪挿しの関連性、茶の湯の一期一会の精神、等々。そして、学んだことの集大成を「幸庵」というカタチにして開花させたのだ。

サービススタッフ「仲居」との連携で情報を共有

心得

 「幸庵」のおもてなしは、まずサービススタッフである「仲居」たちの笑顔からはじまる。
 店の入り口で、個室やテーブルで、その自然な笑顔は、こちらも思わずつられて微笑んでしまうほど。店に入るまでは少し緊張していても、席についたときにはもう、ほどよく緊張がほどけ、癒されている。
 一方、キッチンは最近多くのオーナーシェフが採用しているオープン型ではなく、クローズドキッチンである。
 包丁作業から盛り付けまでが行われる広い作業台は、天板がガラス製のため、下の収納物が透けて見える。 そのため、いちいち引き出しの開け閉めなどないまま、必要な道具を瞬時に見定め、取り出せる。その作業台を囲むようにして、若いキッチンスタッフたちが効率よく仕事をしていた。
 では、なぜオープンキッチンを採用しなかったのか。そこには、飯嶋氏のおもてなしに対する考え方が反映されていた。
「私は料理をマジックみたいなものと考えています。確かに、オープンキッチンでお客様の目の前で料理をつくるライブ感は、とても素晴らしいことだと思いますけど、そうすると、手元がまる見えですよね。ネタや仕掛けがばれてしまう(笑)。『今、サプライズなひと皿をつくっていますから、個室やテーブルで、待っていてくださいね』という気持ちで料理をつくっているんです。それを笑顔にのせて運んでくれて、お客様の反応まで伝えてくれるのが仲居の役割なんです」
 飯嶋氏は、キッチンスタッフと仲居たちとの連携を、とても重視している。
「お客様とキッチンをつなぐ、唯一の情報網が仲居という存在ですからね。仲居から出てくる言葉には、誠実に耳を傾けます。同じ記念日でも友達関係なのか親族とのものなのか、あるいは誰がテーブルのどこの席に座ったか、一杯目は何を飲み、その後何を飲もうとしているとか。あらゆる情報を感じ取って、キッチンへと伝えてくれる仲居との連携は私たちの生命線でもあるのです。ときには、仲居の女性ならではの意見によって、盛り付けを変更することだってあります」

スタッフみんなでつくりあげる、お客様の笑顔

井上 勇

 月ごとに替わる「幸庵」のコース料理。新しい食材について、調理法について、そして器や室内装飾について説明するために、飯嶋氏はスタッフ全員を集めて、毎月「試食会」を開催する。
「目的は、価値の共有です。みんなで価値を理解しあっていないと、お客様にもそれを伝えることができないからです。試食に関しては積極的にさせています。私が一方的に説明するばかりではなく、みんなの意見もヒヤリングします。仲居から味付けをこうした方が女性には嬉しいのでは?と意見が出ることもあります。私なりにきちんと受け止め、料理に反映させることにしています」
 ひとりよがりに料理を提案するのではなく、どんな些細な意見でも耳を傾け、それを日々の仕事に活かそうとする、店主としての誠実さが窺える。
 一枚の写真を見せてくれた。
 そこにはテーブルに花びらを散らした演出によって笑顔を見せる、誕生日の会食を楽しむ家族の姿が写っていた。
「花をテーブルに散らして、お迎えしてみようと、みんなで考えた演出なんですよ。私は高校時代、街場のレストランで皿洗いのアルバイトをしていたとき、テーブルを囲んで家族が幸せそうに食事をしている光景を見て、この道に進む決心をしたんですね。今もその気持ちだけで仕事をしているんです。お客様は大切な家族でもあり、家族以上の存在なんです。ですから、少しでも楽しんでいただきたいし、サプライズもご用意したい。おもてなしという言葉を私なりに言い換えると、『愛』という言葉になるんです」

店舗写真
日本料理 幸庵
住所:神奈川県藤沢市鵠沼花沢町2-8 ルート鵠沼1F
電話:0466-50-6226
時間:ランチ 11:30~/ディナー 17:30~
休日:不定休
交通:各線藤沢駅徒歩5分
http://www.kouan.info/
  • 文 高木正人
  • 写真 ボクダ茂

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