独立希望者必見!
料理人オーナーからの
熱いメッセージ
Sisiliya(シシリヤ)
オーナーシェフ 小笠原 敦さん

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厨房に立つ経営者

2017年9月掲載

スポーツ一直線の学生時代から ピッツァに出会うまで……

 予約なしではなかなか食することのできない「シシリヤ」は、神奈川一の人気を誇るピッツェリアの名店。オーナーであり、ピッツァイオーロ(ピザ職人)でもある小笠原氏は、2001年のオープンから16年もの間、常にワンランク上のピッツァを追求しながら日々を過ごしている。今でこそ、四六時中ピッツァと共に生きている小笠原氏だが、少年時代はというと……。
「ずっと運動ばかりしていて、夏はまっ黒に日焼けしていましたね。小学生のときは水泳で、当時の夢は水泳選手でした。中学と高校では、サッカーに夢中になっていました。高校卒業後は東京の大学に進学したんですが、そこではゴルフ同好会に入っていました。ゴルフが好きというよりは、サラリーマンになったときゴルフが出来れば有利なんじゃないか……って(笑)。このときまで、自分が料理の道に進むなんて少しも思っていなかったですね」
 大学卒業後は、アルコール製造販売メーカーに就職した小笠原氏。サラリーマン時代は予想通り、ゴルフに呼ばれる機会も多く、内心ニヤリとしていたのだそう。では、なぜピッツァと出会うことになるのか。それはとても偶然なことだった。
「アルコールの販売をするうえで、ただ営業するのではなく、お店に食い込んで提案をしていく必要があったんです。ドリンクの提案だけでは話がすぐに終わるので、次はどんな業態を展開するといいか、時には料理の提案もしていました。そういう提案でお店の信用を得られると、自分の売り上げにもつながるだろうという計算だったんです。そんなとき、偶然テレビの5分番組かなにかで、イタリアのナポリのピッツァが取り上げられていたのを見て、ピンと来たという感じでした」
 本来は、営業先のお店に提案するべきものだったが、このとき小笠原氏はこう思った。
「これは提案するのをやめておこう、自分でやろう……」
 これが、29才のときであった。

ピッツァイオーロとして…… 自分のお店を関内にオープン

 29才でピッツァと出会った小笠原氏は、会社を辞める前に有給を使って、本場を見るためにイタリアのナポリへと旅立つ。そのとき感じたことはこうだった。
「当時のナポリは今ほど安全ではなく、混沌とした様でしたが、ピッツァは絶対に日本で受け入れられると確信しました。要因は、味はもちろんですが、価格の安さにありました。あの頃、日本ではピザと言えば宅配ピザなどのアメリカンなピザが主流でしたが、値段は2000円から3000円が相場。それに比べると、ナポリのピッツァは500円から600円。もちろん、トッピングのことを考えれば値段はもう少し上がるのですが、とにかく安かった。これは勝機があると思いました」
 会社を辞めてから、料理の基礎を学ぶために、フレンチ料理店にて無給で働いた小笠原氏に、イタリアで働くチャンスがめぐってくる。
「イタリアに行ったときの添乗員さんの親戚が、向こうでピッツァをやっていて、呼んでもらえることになったんです。3ヶ月ぐらいだったと思うんですが、がむしゃらに働いて勉強しました」
 そして日本に戻り、物件を探し、小笠原氏はついに「シシリヤ」をオープンさせた。しかし、当時はピッツァ自体が日本ではあまり浸透しておらず、とくに米軍基地の近い横浜でピッツァがすんなりと受け入れられるはずもなかった……。
「はじめて食べたお客様は、なにこれ? という反応でしたね(笑)。でも、僕自身、これしかないと思っていたので変えることなく進むしかなかった。戸惑いを覚えるお客様もいたかもしれませんが、そこに合わせるのではなく、自分の目指すベストなピッツァを追求して、それでも誰にも認められなかったらしょうがないと考えたんです」
 こうしてピッツァと向き合いながら16年……今や「シシリヤ」は名実ともに最高のピッツェリアとして有名になっている。

今後の展望、そして夢について 自分自身が一人前になるために

吉澤 治郎

「シシリヤ」をここまでの人気店に導いた小笠原氏が、常日頃から心がけていることとは?
「良しとしないこと。おいしいから満足するのではなくて、もっとおいしくなるはず、もっといけるはずと思い続けることですね。うちのピッツァは前日に生地を仕込んで、当日の朝にそれをだして常温にすることからはじまります。それから生地の状態を見ながら、お客様に提供するタイミングに合わせて発酵させる。だから、17時にだすピッツァと22時にだすピッツァの生地が同じであってはいけない。その時のベストな状態の生地にこだわっています」
 ピッツァへのなみなみならぬこだわりと進歩を重んじる小笠原氏だが、ここ何年かの間に、人生を見つめ直す機会があり、スタッフに対する思いが少しずつ変わった……。
「以前は、自分のことだけで精一杯だったんですが、このまま誰にもなにも伝えず終わっていいのか……と真剣に考えるようになりました。若いスタッフに自分が今まで培ってきた技をきちんと教えたい。そう強く願うようになりました。誰かを一人前に育てあげて、やっと僕も一人前になれるんじゃないかって(笑)」
 若いスタッフを育てる側に立った小笠原氏には、今後の展開に関して、彼らを思ってこその考えがある。
「僕の技術を学んで独立してもらうのが一番なんですが、独立って非常に難しい。技術はもちろん、資金もマーケティング力も必要となってきますから。だから今考えているのは、このお店の近くにもう1店舗だして、教えた人間をメインに仕込みから焼きまでをまかせたいと考えています。そういう場として意図的に新店舗を構えられれば、若いスタッフも活躍できると思うんですよね」
 そしていつか、本当に独立していった従業員たちが日本のどこかで開店させたピッツェリアに足を運ぶことが夢です……と小笠原氏は優しく笑って、話を締めくくった。

厨房に立つ経営者
Sisiliya(シシリヤ)
住所:神奈川県横浜市中区相生町1-7 和同ビル1F
電話:045-671-0465
時間:17:00~翌1:00
定休日:日曜日
交通:各線「関内駅」徒歩5分
  • 文 安藤 陽子
  • 写真 ボクダ 茂

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