【飲食人 プロフィール】
1977年、静岡県生まれ。1995年、18才で上京し、下北沢のイタリア料理店に入店。1998年、イタリア各地を旅して、広く食文化を学ぶ。2002年、「株式会社 ベラヴィータ」に入社し統括料理長に。2006年、休職して渡ったナポリの名店「イルピッツァイオーロ デル プレジデンテ」にてエルネスト・カチャリ氏に師事する。帰国後の2007年、東京ミッドタウン店オープンと同時に総料理長に。2007年及び、2008年の世界ピッツァ選手権にて、2年連続総合優勝(翌2009年も部門入賞)の快挙!テレビ朝日「徹子の部屋」等、取材多数。2009年退社。2010年2月、自身の店「ダイーサ」を中目黒にオープン。



pizzeria e trattoria da ISA [中目黒] 山本 尚徳 HISANORI YAMAMOTO (33才・オーナーシェフ/ピッツァ職人)

―家出同然で東京に出てきたとの事ですが、悪かったんですか?


「悪いって言えば、まぁ、かなり悪かったかな(苦笑)。青春18きっぷで叔母を頼りに東京に出てきたんだけど、すぐに居られなくなって(笑)。道に落ちてたチラシを見て入ったのが、下北沢のイタリア料理店。だから、最初は何しろ喰う為に働かなくちゃって感じでしたよね」



―それが、イタリアを巡る旅に出るまでになったのは?


「やっぱり自分のやってる事の本場を見てみたい、体験したいという気持ちが自然に高まってきて…。そしてナポリのピッツァに出会って『探していたのはコレだ!』と確信しましたね」



―それが21才の頃ですね。29才にして世界ピッツァ選手権に初出場で、日本人初の総合優勝の偉業をもたらすまでの8年間はいかがでしたか?


「ナポリで体験したあの感動を、自分の手で作り出したい、との一心で頑張っていたんですが、いま一歩、何かが違ってたんですね」


―それは何だったんでしょう?


「やっぱり師匠との出会いが大きかったです。最近亡くなってしまったんですが、こんな外国人の若僧を、本当に家族として扱ってくれた…。そんな人と人との絆を通して、ピッツァの味の底にある『文化』を伝えてくれたんだと思うんです。賞を獲り、店を出し、とても沢山の取材のオファーが来ましたが、実はバッシングや中傷もその分多くなる。こう見えても、やっぱり1コ1コ凹むんですが(笑)、それでもそうした取材を積極的に受けるのは、師から受け継いだナポリの味、ピッツァの文化をこの自分が伝えなくちゃいけないっていう使命感なんです」


―店名の「イーサ」は、ヒサノリさんの呼び名ですよね。店のマークにある男の子のイラストは?

「師匠の孫なんです。自分にとてもよく懐いてくれて。文化の遺伝子を残す、という気持ちを込めました」


撮影/ボクダ 茂
インタヴュー・題字/高橋美樹

ピッツェリア エ トラットリア ダ イーサ

東京都目黒区青葉台1-28-9 1F
TEL:03-5768-3739 月曜日定休(祝日の場合は翌日休)
Lunch:11:30〜14:30
Dinner:17:30〜23:00(22:30 L.O.)
http://www.da-isa.jp

店舗

今年2月のオープン以来、連日の長蛇の列。「こうして食べて喜んでもらうのが一番です」。「海外に出ると、本当に貧しい、恵まれない子供達の多い事に驚かされます。自分ができる事、ピッツァ作りを通じて何かできないか? 最近よく考えています。昔の自分を思えば、こんな事を考えてる自分にビックリですが(笑)」と山本さん。オープンテラスの外壁やピッツァ窯など、スタッフと一緒に手作りしたお店がまた、いい味出しています。マリナーラ 1,500円、マルゲリータ 1,650円、他に計30種以上のピッツァが1,850〜2,350円。前菜 850円〜、パスタ 1,650円〜、など。今なら平日のみ日替りピッツァ1,000円!